中高生部活応援マガジン ヒーローインタビュー

我武者羅應援團

応援団 : 応援団式パフォーマンス集団

今回のターニングポイントは、我武者羅應援團です。我武者羅は、がむしゃらってよみます。一般的な応援団は、誰かを応援するために存在しますが、我武者羅應援團の場合、目の前のことを必死に一生懸命やる姿で、誰かの応援になる事を目指し活動している応援団です。武藤貴宏団長は、高校で入団した応援団を2週間で辞めてしまった事に後悔を感じ、26才の時に、今からでも遅くはないと、この我武者羅應援團を結成しました。今回のターニングポイントでは、そんな熱い男たちに、中高生時代のエピソードと、現在の中高生に向けてメッセージを頂いてきました。 (取材・文・撮影/小山基彰)

我武者羅應援團、結成秘話と入団したきっかけ

まずは、我武者羅應援團を始めたきっかけからお話を伺いたいのですが。

ずっと憧れていた応援団に高校に入って入団したんですけど、たくさんの先輩がいる中、1年生で入団したのが僕一人だけで、見えないプレッシャーや、不安、周りの声などを理由に、自分の気持ちに自信が持てなくなってしまって辞めてしまったんです。でも大人になってからも、ずっと引きずっていて、そんな気持ちなら、もう一度応援団をやってみようと始めたのが、きっかけです。


武藤貴宏團長

兄(武藤貴宏)が、昔から応援団好きで、テレビで応援団のドキュメンタリー番組なんかがあると、よく見ていて、僕からしたら何でそれに興味があるのか当時は理解できなかったんです(笑)。


武藤正幸團員

我武者羅應援團の音楽や、映像のBGMなどの音に関しては、彼(武藤正幸)が手がけているんです。


伊澤直人團員

僕も大好きです! 1stアルバム『がむしゃらおうえんだんとよみます』は、僕の車の中でヘビーローテーションです(笑)。ところで、伊澤さん、西田さんはどのような切欠だったんですか?

団長とは就職活動をしている時の交流会で知り合った友達なんですけど、彼が応援団をやっているということを友達づてに聞きました。それで、その応援団のイベントを見に行って、度肝を抜かれたんです。僕は自分を表現する事が得意ではないのですが、どこか悶々としていたところがあったので、自分を思いきり表現している応援団を見て、「これだ!!」と思い、自然な流れで入団しました。


伊澤直人團員

一昨年の夏に映像関係のワークショップで、団長と知り合って意気投合して、一週間後の我武者羅應援團の舞台にたったのがきっかけです(笑)。


西田吉蔵團員

一週間とは早いですね(笑)! ところで、今改めて振り返ってみて、我武者羅應援團を始めて良かったなと思えたのは、いつ頃でしたか。

早いんですけど、2月に我武者羅應援團を作って、4月27日に初めての演舞会をやる前日に、牛丼屋で一人で泣いたのを覚えています。嬉しいとか悲しいとかじゃなくて、自分が仲間と一緒に毎日、それに育めていることの感謝の気持ちでした。


武藤貴宏團長

感動する形は、どんどん変わってきているのですが、こないだの「第六回・華の大演舞会」(我武者羅應援團の自主企画ライブ)では、自分のことを話す場があったり、係わる部分が多かったので、今までで一番感動しました。


伊澤直人團員

第一回から第六回まで全ての演舞会のたびに感じているんですが、自分達が信じる表現を作り、本番まで全力を尽くして積み重ねてきたという事が、ステージに立った瞬間に、何にも変えがたい感動や、喜びに変わります。それは普段では味わえない事なんですよ。


武藤正幸團員

第六回・華の大演舞会、最高でした!!

「第六回・華の大演舞会」についてお伺いしたいのですが、とても内容も濃く、ストーリ仕立てで、応援と、お笑いの要素がカチッと合わさった、最高の舞台でしたね。

ありがとうございます。基本構成は、だいたい僕が考え、台本を僕と伊澤で作って、団長を中心として、みんなで演出するという形です。


武藤正幸團員

第一回の時は、高校や大学の一般的な応援団と同様に、演舞をやって、歌を歌っていたんですが、徐々にコラボレーションを増やして、色々な要素を取り入れています。今回(第六回)は、映像を彼(西田吉蔵)が担当しました。僕達がどういう応援団になるかというのは、自分達で決めていけるし、様々な事を経験する事によって、成長し続けています。今回の演舞会も、各々の得意な部分を集結させた、自分達にとって、また一つ成長につながる良い舞台だったなと思います。


武藤貴宏團長

全ての団員に、それぞれ見せ場があり、本当に良い舞台でした。それにしても、よくあんなに長いセリフを覚えられますね。以前僕が読んだ本に、「大声を出したり、熱くなってセリフをしゃべるのは、難しい」と書かれていたんですが、特に伊澤さんは15分間も一人、舞台で魂をこめてしゃべっていたので、暗記が苦手な僕には、その部分でも感動していました(笑)。

本番前は、暇があると、みんなブツブツ言ってますよ(笑)。


武藤貴宏團長

1stアルバム『がむしゃらおうえんだんとよみます』、聴くと気合入ります!!

1stアルバム『がむしゃらおうえんだんとよみます』を聴かせていただいたのですが、とても元気のもらえる、良いアルバムですね! 部活の前なんかに聴いたら、「我武者羅に練習するぞ!」って気になりますね(笑)。

ありがとうございます。アルバムを作ろうと思ったのは、自分達の思いを伝える手段としてCDがあったら良いなと思った事がきっかけです。CDを作るとか、演舞会をやる事って、自分達でやろうと思わないと出来ない事ですし、自分達の思いを100%詰め込める事が出来るので、そういう思いが大きいです。そしてタイトルは、『がむしゃらおうえんだんとよみます』って名付けました。よく、我武者羅応援団を「わがままおうえんだん」と読み間違えられるので、タイトルに書けば間違えられないだろうって思ってつけました(笑)。中身も、ただ自分達の思いを詰め込むだけではなく、メロディーが口ずさみやすかったり、聴いてくれた人たちに、楽しんでもらえるよう意識して作りました。


武藤正幸團員

我武者羅應援團、団員の中高時代

団員の皆様が中高生の時、何部で活動されていたんでしょうか。

中学はバスケ部で、高校に入って応援団を2週間やったあとに、軟式野球同好会に入りました。中学の時は、何か部活に入らないとダメみたいな雰囲気があって、野球とサッカーは小さい頃からやっている子たちだけが入部するような部活だったので、担任の先生がバスケの顧問だった事もあり、スラムダンクを読みながらバスケ部で活動していました(笑)。


武藤貴宏團長

僕は中学の時、最初はバレーボール部だったんですが、途中からバスケ部に転部しました。そして高校の時は軽音楽部でした。中学のバレーボール部は、県でも有数の、地区では7年間負けなしの強豪校で、最初は、兄とスラムダンクの影響もあって、バスケ部に入部したかったんですが、僕の代の時にはバスケ部がなくなってしまってました。仕方なくバレーボール部で活動していたんですが、先生にずっと、「バスケがやりたい!」って言ってたら、バスケを教えられる先生を他から連れてきてくれて、2年生のときにバスケ部が復活したので、転部したんです。


武藤正幸團員

中学、高校と硬式テニス部だったんですが、強豪校で、練習は毎日さぼらずにやっていたのですが、僕は落ちこぼれの三軍で、ボールボーイをやっていました。コートも一軍が使っているので、なかなか入ることが出来なくて、一軍のスター選手が使い終わった後に、申し訳無さそうに使わせてもらっていました(笑)。


伊澤直人團員

よく3年間続けられましたね。

現実逃避の毎日でした(笑)。


伊澤直人團員

彼は、東海大会に行くくらいの優秀なボールボーイってことですね(笑)。


西田吉蔵團員

西田さんは?

中学は軟式(ソフト)テニス部で、高校では硬式テニス部でした。


西田吉蔵團員

どうだったんですか(笑)?

四軍?


伊澤直人團員

僕の場合はボチボチでした。


西田吉蔵團員

なんだ、ボチボチって・・・(笑)。


伊澤直人團員

試合とかは出ていました。


西田吉蔵團員

やるな~


伊澤直人團員

一応、レギュラーでした(笑)。


西田吉蔵團員

恋はしていましたか

その当時の部活の思い出を聞かせてください。

応援団を辞めた後に入った軟式野球同好会は、応援団と違って先輩後輩の上下関係も無い、めっちゃ仲の良い楽しい部活だったので、今だにとても仲が良いんです。そして野球経験の無い僕に、「ポジションはどこやりたいの?」って言うので、「ピッチャーをお願いします!」って言ったら、いいのかな?って思うくらい僕を受け入れてくれて、すぐにエースになってしまったんです。応援団の時とのあまりのギャップに戸惑いさえも感じました(笑)。


武藤貴宏團長

僕は幸い、バレーボール部で、中一からレギュラーで試合に出ていて、中二の時にバスケ部が出来て転部しようとした時、部活が一週間活動停止になってしまったんです。 「武藤を辞めさせるな会議」です。でも自分が元々やりたかったのはバスケだったので、根気強く説得を続けてバスケ部に転部する事ができました(笑)。


武藤正幸團員

武藤正幸くんのように選ばれる事も無く、今思い返してみると結構つらい時期でしたね。部活に打ち込めなかったというか、モヤモヤしていました。


伊澤直人團員

部活をやっていて良かったと思うのは、今でもOBとして合宿などで、現役の選手と接する機会を持てるのが楽しいですね。


西田吉蔵團員

部活をやめたいと思ったことはありますか。

僕は常に思っていましたが、友達がいたので、彼らと3年間最後までやりたいという気持ちだけで続けていました。


伊澤直人團員

僕の学校は進学校だったので、受験対策でクラスが二つに分かれていて、結構勉強が大変で部活に参加出来なかった事もあったんですけど、テニスが好きだし、仲間も大好きだったので、その思いで続けていました。


西田吉蔵團員

恋はしていましたか(笑)?

中3から高3まで一人の女性と付き合っていました。僕は男子校で、彼女は女子校だったので、週に一回会うか会わないかだったんですが、いい思い出としては、彼女の文化祭に堂々と一緒に行く事が出来たのが嬉しい思い出です。


西田吉蔵團員

中高生の頃は大きくなったら何になりたかったですか。

ミュージシャンか、社会科の学校の先生になりたいと思っていました。担任の先生がバスケ部の顧問になってくれてたので、こういう大人ってカッコイイなって、ぼんやりとですが思っていましたね。


武藤正幸團員

僕は、テレビに出る人になりたいと、口には出さず隠し持っていました。表立って言っていたのは、理系の研究職とかにつきたいと言ってました。


西田吉蔵團員

部活動について

部活動は中高生にとって大切だと思われますか。

大事だと思います。僕は文化部の経験が無いんですが、運動部に関しては、やっぱり強くなる事を目指して練習を頑張るわけですし、一緒にやった仲間との関係もとても大事です。今でも会えば、当時のへぼかった試合で笑い話にもなるので、部活を経験するということは、とても大事な事だと思います。


武藤貴宏團長

どんな部活でも良いと思うのですけど、事を起こすことで、自分の好きな事や、何に向いているのかが分かるので、部活を経験することは大切だと思います。


伊澤直人團員

部活を経験してきた中で、大好きな指導者はいましたか?

高校の軟式野球同好会の一つ上の先輩が監督兼指導者だったんですけど、とても楽しい雰囲気を作ってくれて、部活を通して、人としてのあり方を教えてくれるような、すばらしい先輩でした。


武藤貴宏團長

僕のバスケ部の先生は、よく「自分達で考えなさい」ということをおっしゃってくれて、大抵、中学の部活では、先生から、こうやれと言われながらやることが多いと思うのですけど、うちのバスケ部では、自分たちで考えながらプレーする事を教えてくれたので、そういう指導は嬉しかったですね。


武藤正幸團員

先ほど、団長さんもおっしゃっていましたが、理想的な先輩像ってありますか。

結果はどうであれ、相手のことをどう思っているかだと思います。厳しく言って嫌われようが、優しく言って好かれようが、その後輩の事を思って言っているかどうかだと思います。


西田吉蔵團員

リーダーとして、「俺はこう思う」というのをビシッと持っていて、だけどそれを押し付けないで、本人に自由に選択させる事ができるのが理想的なリーダーだと思います。


伊澤直人團員

難しい言葉ですが、主観と俯瞰(ふかん)を持っている人はリーダーとしても先輩としても重要だと思います。


武藤貴宏團長

試合前や舞台前の緊張とは、どの様にむきあっていますか。

緊張は、するもんだって認めるしかないと思います。僕はとても緊張しやすいタイプなので、緊張するもんだって思ってしまったほうが開き直れると思っています。


伊澤直人團員

緊張していると思ったら、仲間とくだらない話をしてみると良いと思います。


西田吉蔵團員

落ち込んでいる時はどんな事を考えて、上げていきますか。

落ち込む理由って色々とあると思うのですが、僕の場合もちょっとした事でへこむので、その一部を見て落ち込むのではなく、一番良かった時のイメージを思い出してみたり、それを始めようと思ったときの日記を読み返してみたり、全体を通して見直したりしますね。


武藤貴宏團長

自分の好きなものを見つけておくことが良いとおもいます。好きな音楽、映画、食べ物とか、全然関係の無い事がいいですね。


武藤正幸團員

印象に残っている恩師の言葉、または、好きな言葉とかはありますか。

高校の部活の顧問の先生から頂いた言葉なんですが、「攻めていけ!」って言葉には勇気を頂きました。今でもその顧問の先生は教育を変えたいと、高校を辞めて、小学校の先生になったんです。家庭もあるのに、小学校の採用試験に受かる前から、覚悟を決めて高校を辞めてしまったので、攻めてるなって思いました(笑)。


西田吉蔵團員

ターニングポイント

我武者羅応援団にとって、今までの人生の中で一番のターニングポイントをお聞かせ下さい。

僕は二つあるんですが、高校で応援団に入らなかったことが一つのターニングポイントで、そこで色々と考える切欠になりました。そしてアメリカの大学に留学した日がもう一つのターニングポイントでしたね。


武藤貴宏團長

一つは、クリスマスの日に両親がギターを買ってきてくれたのがターニングポイントです。もう一つは、自分の作った曲をお店に置いてもらえた時です。レコーディングとかも全然わからなかったんですけど、自前でMDに焼いてお店に持っていったら、そこの店員さんが、「今時MDで、歌詞は手書き!?」って面白がってくれて一番良いところに置いてくれたんです。思いを持ってやっていれば伝わるもんなんだなって思ったのがもう一つのターニングポイントです。


武藤正幸團員

応援団を見た時が、ものすごい衝撃があったので、そこがターニングポイントだったと思います。


伊澤直人團員

上京して、団長と知り合った時がターニングポイントだと思います。


西田吉蔵團員

中高生へのメッセージ

最後に、中高生へのメッセージをお願いします。

中高時代の自分に言いたい事でもあるんですが、中高生の頃って、「大人はこうあるべき」みたいなイメージが、みんな似たような形で、あると思うのですが、大人になると、人に迷惑をかけない限り、どんな生き方もありになるんですよ。 今、楽しい人や、毎日が充実している人、勉強が楽しくてしょうがない人は、そのままで良いですけど、なんで、カ行変換活用を覚えなくてはいけないんだ・・・とか、恋がうまくいかないとか、部活に悩んでいるとか、僕の中高時代のようにモヤモヤしている人なんかには、社会に出たら自分の好きなように生きることができるから、良い意味でも悪い意味でも、一度切りしかない中高時代を楽しんでほしいと思います。


武藤貴宏團長

僕が思うには、「まぁ大丈夫だよ」って事を言いたいです。たぶん中高生の頃って希望もあるだろうし、不安もあるだろうと思うんですけど、正直、「これから10年後、君達には素晴らしい未来が待っているよ!」とは断言出来ないです。ただそんな中でも僕は、結構楽しく生きています。もちろん、つらいこともあるし、大変なこともあるけれども、楽しく生きている大人もいるから、大丈夫だよってことを伝えたいですね。


武藤正幸團員

よく見て、よく聞いて、よく自分で考えて判断して、自分の良いと思った方向で、攻めていってほしいです。


西田吉蔵團員

僕は中高生の頃、学校が全てでした。だから学校だけで満足できている人はいいですけど、そうではない人は、学校以外の事にも目を向ける事が出来たら良いなって思います。学校が全てではないし、将来に不安を持っている人は多いとおもうんですけど、考え方次第だと思うので、自分が好きだと感じたことをとことん頑張ってほしいです。


伊澤直人團員

ありがとうございました。

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